近年の企業経営においては、人的資本開示義務化の影響や、テクノロジーの発展で社内エンゲージメントが可視化されたことによって1on1を実施してエンゲージメント改善を計ったり、外部にコーチング研修を依頼したりすることが多くなっていると思います。
そもそもコーチングとは何か、ということを理解することで、求めていたのは本当にコーチングなのか、ということを明らかにしていただければと思います。
- <本記事で分かること>
・そもそも、コーチングとは何なのか。
・日本ではいつからコーチングが導入されたのか。
・コーチングには、どのような領域があるのか。
コーチングの具体的な手法やプロセスについて確認されたい方は以下を参照ください。
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コーチングの定義について
まずはコーチングの定義について、確認していきましょう。
辞書による定義
まずは広辞苑(第六版)でコーチングの意味を確認してみると
①コーチすること。指導・助言すること。
②本人が自ら考え行動する能力を、コーチが対話を通して引き出す指導術
とあります。
またコーチについては
競技の技術などを指導し、訓練すること。また、それをする人
広辞苑(第六版)
となっています。
一方で英語のCoachやCoachingにはどのような意味があるかというと、Coachという言葉の語源は馬車であり、馬車の役割は、乗る人が望む目的地まで送り届けるため、その後意味が転じて、
さまざまな分野で個人や組織の目標達成をサポートする存在
として認識されるようになっていきました。Coachingはというと、
①スポーツに必要なスキルを個人またはチームに教える過程
②重要な試験や特定の状況においてどうふるまうかの準備を支援する過程
Longman Contemporary Dictionary of English
という意味がありますが、同様にコーチング実践者達はどのように表現しているかというと
コーチング実践者による定義
- 「コーチングとは、個人の潜在能力を解放し、その人自身の能力を最大限に高めることである」Whitmore,J.(1992)
- 「コーチングとは、他者のパフォーマンスと発達を促進する技能である」Downey,M.(1999)
- 「コーチングは個人指導と教示の形で他者のパフォーマンスと発達を向上させる技術-教示的アプローチである」Parsloe,E.(2005)
- 「コーチングの核心とは何かと問われれば、それは、発見と気づきと選択をもたらすことであると私たちは答えるでしょう。それは人々が自らの答えを見つけ、重要な選択を繰り返すことによって自らの道を歩む事ができるよう、効果的にサポートするための手法なのです」Kimsey-House, H/K. Sandahl,Whitworth(2018 CTIジャパン2020)
- 「コーチングとは、思考を刺激し続ける創造的なプロセスを通して、クライアントが自身の可能性を公私において最大化させるように、コーチとクライアントのパートナー関係を築く事」(国際コーチング連盟日本支部HP)
どうでしょうか。
もしかすると、コーチングというと、野球やテニスのコーチのようにコーチの知識や経験を元にティーチングすることをイメージする方もいらっしゃるのではないでしょうか。
企業でいうと外部コーチに依頼することでマネジメントやリーダーシップを身につけてもらいたいと思われている方もいらっしゃると思いますが、コーチングとは、クライアントが成長するためのプロセスや関係性を指しており、あくまでも、その人に内在しているものを引き出すような関わり方を指していますので、マネジメントやリーダーシップの知識をインプットするようなティーチングやコンサルティングとは異なるサービスと理解した方が良いでしょう。
日本でのコーチング普及について
実業界でのコーチング導入
今回引用させていただいた書籍「コーチング心理学概論」によると
コーチ・ユー(Coach U.)は1997年に、CTIは2000年に日本にも導入された。 (中略) コーチングが日本の実業界で注目されたのは、1999年に日産自動車のCOO(のちにCEO)に就任したカルロス・ゴーン(Ghosn,C.)がコーチングを用いて同社の組織風土改革を進めた(安倍・岸,2004)ことが影響していると見られている。米国では主に個人を対象としていたコーチングが、日本では組織活性化のための管理職研修という形で広まったのはこのことと無縁でないだろう。
西垣悦代ほか編. 「コーチング心理学概論-第2版-」. 『コーチングの創世記』.ナカニシヤ出版, 2022, P17
とあり、導入開始から20年ほど経過していますが、導入目的は現在と大きく相違がないかと思います。
強いて言えば、マネージャーとして、コーチングスキルを身につけさせるために研修をするのかに加えて、エンゲージメントを高めるためにコーチングを受けさせるというのが出てきたように感じます。従来はエグゼクティブ・コーチングとしてエグゼクティブ層に導入されていたコーチングがコーチングの普及やテクノロジーの発展により低価格化してきており、受けさせる対象がミドル以下に広がっていってるのではないでしょうか。もちろん、エグゼクティブ向けにコーチングできるコーチの数は限られており、エグゼクティブ・コーチングの価格自体が低下しているわけではないことは付言させていただきたいと思います。
また、同著では以下のように示されており、
(中略)国際コーチング連盟(ICF)などのコーチ団体が、エビデンスに基づくコーチングの実施や、コーチングの効果の科学的な検証を重視するようになっていること
西垣悦代ほか編. 「コーチング心理学概論-第2版-」. 『コーチング心理学の進歩と発展』.ナカニシヤ出版, 2022, P27
コーチングに対する印象が、以前の「何が理由かは言語化できないけど、何だかすっきりする」というところから科学的にどのような効果がもたらされているのかということに言及できるようになっていることも普及の一因として考えられそうです。
コーチングの領域について
最後に、コーチングの領域を確認していきます。コーチングと一口に言っても、実は世の中には非常に多くの○○コーチングが溢れています。有名なところでいうとエグゼクティブ・コーチングやライフコーチングではないでしょうか。ただ、これらも大きくは以下のビジネスコーチングとパーソナルコーチングの2分類に分けることができると考えています。
ここで特筆すべきは、両者に重なる領域があるという点になります。企業でコーチングを導入するのであれば、パーソナルな領域についてはコーチングしないで欲しい、ビジネスのことだけをテーマに扱って欲しいというのがスポンサー(費用の支払い主体)である企業側の目線になると思います。例えば「プライベートで良いことがあったので仕事においても調子が良い」やその逆があるように、ビジネス領域とパーソナル領域というのは切っても切り離せないため、コーチングテーマを明確に区分することは困難だと考えられます。
そこで、企業側がスポンサー(費用の支払い主体)となって社内にコーチングを導入した場合でも、コーチングで対話されるテーマというのはパーソナルな領域も含まれる可能性がある点を十分に理解する必要があるでしょう。