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WELLBEING MAGAZINEの運営会社でもある株式会社メタメンターは、デジタルコーチングシステムの一つとして「ウェルビーイング診断」を提供しています。
2024年5月14日に、行動分析学・臨床心理学を専門とする早稲田大学・大月友教授をお招きし、「心理的ウェルビーイング向上のための支援: ACTとコーチング入門」と題した無料ウェビナーを開催しました。
当日のアジェンダは下記のとおりです。
心理的ウェルビーイングの計測と向上に対する理解を深め、実践的なスキルを身につけるきっかけとなるセミナーとなりました。
【スピーカー紹介】
【株式会社メタメンター】
設立2022年6月10日
デジタルコーチングシステムの提供・人事・組織向けDXシステム開発・オウンドメディア運営などをおこなっている
1.ウェルビーイングとは?
ウェルビーイングとは心理的、社会的、身体的に満たされた状態です。
ウェルビーイングは、1946年に、世界保健機関(WHO)の設立に際して、スミス博士が定義した「健康」に登場した概念です。
2007年には「Beyond GDP」という動きが始まり、GDP(国内総生産)以外の指標としてウェルビーイングが注目されるようになりました。
Beyond GDPとは、人間の豊かさの定量的評価をGDP以外の指標によっておこなう取り組みをいいます。
参考:Beyond GDP~包括的豊かさ指標(IWI)とは?~ |文部科学省
GDPとウェルビーイングが必ずしも相関しないことが明らかになり、GDP以外の指標を重視する流れとなりました。
【ウェルビーイングが注目される流れ】
2023年には、日本でもウェルビーイングが中長期の指標に加わったことで、国内でも注目が集まっています。
実際にウェルビーイングが高いと、生産性が向上し、企業の売上や創造性も高まることが示されています。
ウェルビーイングに関する海外の主要理論は、以下の3つです。
ウェルビーイング向上を考える際「ウェルビーイングの状態」を把握するためには、尺度が必要です。
尺度とは、ウェルビーイングなどの抽象的な概念を数値化して測定するための基準や方法です。これにより、個人の状態を客観的に評価し、比較することが可能になります。
ウェルビーイングを測定する尺度として、リフとセリグマンに加え、エド・ディーナー博士の人生満足度尺度(SWLS)を紹介します。これらの尺度は、下記のような特定の質問を通じて、個人のウェルビーイングの状態を評価する方法です。
一方で、ウェルビーイングに関する構造と既存の測定尺度には課題も残ります。BCGのレポートやBHIジャパンの分析によると、経済的ゆとりや娯楽などもウェルビーイングに重要な要素です。
しかし既存の測定尺度は「5・自己実現」と「6・未来への希望」が中心的で、「1・基本的資源」〜「4・仕事」までは、まだあまり言及されていません。
そこでメタメンターとしては、対人支援者用として1から4も補う「ウェルビーイング診断」を準備しました。ウェルビーイング診断の特徴は以下のとおりです。
- 社会的や身体的な要素も含めた3つの側面から指数化
- クライアント変化を可視化
実際の画面は動的になっており、変化が視覚的にもわかりやすくなっています。
心理・社会・身体の3つの側面から指数化できる「ウェルビーイング診断」は、いつでも誰でも無料で診断していただけます。5分ほどで終わりますので、下記のボタンから気軽にお試しください。
クライアント理解に役立つ!
ウェルビーイング診断なおメタメンターのアセスメントでは、心理的ウェルビーイングを構成する7つの因子を評価しています。
因子とは、ウェルビーイングを構成する主要な要素や側面のことです。これらの因子は、幸福感や人生満足度などの複雑な概念をより具体的で測定可能な要素に分解し、ウェルビーイングの全体像を深く理解するのに役立ちます。
次からは、心理的ウェルビーイングが低いクライアントに対しての支援方法を、「ACT」という観点から解説します。
2.ACTの基礎と心理的ウェルビーイング向上への応用
「ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)」は心理療法の一つで、ウェルビーイングの向上に効果があるとされている方法です。近年「働く」という文脈においても、ウェルビーイングにどのように寄与するかについて、多くの研究で効果が示されています。
ACTについて、目的や効果的な活用方法などを下記の記事で解説していますので、ぜひチェックしてみてください。
ACTとは?目的や3つの要素・効果的な活用シーンや運用など総まとめ
ACTは、現代の認知行動療法の一つです。本記事ではACTの目的である心理的柔軟性を高める3つの要素や活用シーン・導入ステップなどを網羅的に解説します。
記事掲載日:2023年7月21日
仕事におけるACTの活用方法
ウェルビーイングにおいて働く上で重要なのは、「自分の価値観に基づいて行動すること」です。自分の選んだ価値観が正解であり、それに沿った行動が充実感をもたらします。
ACTを通じて「心理的柔軟性」を身につけることで、自分の価値観に基づいて行動しやすくなり、生き生きと働くことを助けます。心理的柔軟性のスキルは、以下のとおりです。
・コミット:仕事における自分の価値観を明確にし、その価値に基づいて行動すること
・気づく:コミットの結果、達成や人からの感謝、負のバリアの発生に気づくこと
・オープン:感情に飲み込まれず、冷静さを保てること
負のバリアとは、ストレスや環境の変化による負担から発生する「失敗したらどう思われるのかと心配」「嫌だな、やりたくないな」といった感情を指します。
負のバリアが発生するとそれに飲み込まれてしまい、自分が本当に大切にしたい価値観から離れてしまいかねません。(「失敗したくないから、やりたいことがあっても何もせず逃げる」など)
ACTを通じて心理的柔軟性が身についている状態であれば、負のバリアに気づいたときに考えや感情が浮かんでくることを許し・認め・自然にオープンに放っておくことができるので、心に余裕が生まれ、コミットに戻るのを助けます。
負のバリアの発生やコミット・気づく・オープンの詳細について詳しく知りたい方は、以下のアニメーションで具体例を挙げて解説しています。ぜひご覧ください。
ACTとは自分の人生を前に進めていくマインド
ACTは、アクセプタンス&コミットメントトレーニングとも呼ばれています。メンタルヘルスの問題を抱える方だけでなく、誰でも実践できる方法です。
ACTでは「マインド」との新しい付き合い方を学び、人生を前に進めることを目指します。
自分が大切にしたい価値を見つけ、それに沿った行動が重要です。
まずは、どのような方向に自分の人生を進めていきたいか、人生のコンパスになるようなものを考えるといいでしょう。人生の選択において、「自分らしさ」や「ありたい姿」を考えながら進むことがポイントです。
しかし実際には、不安な気持ちや他人の目が気になる・自己嫌悪など、順調に進むのが難しい場合も多々あります。
自分の価値観に従った行動を助けるのが、以下の「心理的柔軟性」とよばれるスキルです。
- コミット:自分にとって何が大切かを考え、その思いに従って行動する力
- 気づく:「今この瞬間」に起きていることに冷静に気づける力
- オープン:メンタルのバリアに対してオープンになり、感情に流されずに行動できる力
まずは自分の価値観(コミット)に対し、ネガティブな感情がもたらすメンタルのバリアに気づくことが大切です。
ただネガティブな感情を「抑えよう」または、不安が増す嫌なことを「忘れよう」とすればするほど忘れられない、という逆説的な現象が起こり、自分らしい人生から離れてしまいかねません。次に必要なスキルが、メンタルのバリアを放っておく「オープン」です。
ACTでは、感情や気持ちと距離を取ることを推奨しています。
【ACTが目指すイメージ】
冷静さを取り戻し、ネガティブな感情があっても自分らしく生きられるようにエクササイズをおこないます。
感情や気持ちと距離を取るスキルを身につけることで心が落ち着き、自分の価値に沿った選択すなわち「コミット」に戻ることができます。
3つの心理的柔軟性を高め、価値観に沿った行動が取れるようになることがACTの目的です。心理的柔軟性を高めるためのエクササイズを、次の章で紹介しています。
ACTを進めるためのエクササイズ
ACTは、さまざまなエクササイズやメタファーを通じて、クライアントが気づきとスキルを身につけるための支援方法です。ACTに取り組むことによって、自分自身の価値観に従った行動が取れるようになることで、心理的ウェルビーイングの向上を目指します。
ウェルビーイングを促進するための支援では「コミットメント」が最も重要です。まずは、3つの具体的なエクササイズの例を以下に挙げます。
【10の領域のエクササイズ】
人生のさまざまな場面(家族、友人、キャリア、趣味、社会貢献など)での満足度を10点満点で評価し、重要度が高いが満足度が低い領域に注目します。これにより、自分が大切にしているものの深掘りができるエクササイズです。
【退職パーティーのエクササイズ】
退職記念パーティーで、上司や同僚、家族があなたについて語る場面を想像してみてください。そこで自分がどうありたいか、どのように語られたいかを考えることで、自分の価値観を掘り下げるエクササイズです。
この他にも、自分のお葬式で周りの人がどのようにあなたを思い出し、語ってくれるかを想像し、自分が本当に大切にしたいことを明確にするエクササイズもあります。
【ACTマトリックスを使ったエクササイズ】
ACTマトリックスは、縦と横に分けて4つの象限を作り、それぞれに異なる情報を書き出すエクササイズです。
具体的には、以下を記載します。
【ACTマトリックスで書き出すこと】
右下:大切な人やこと
左下:そのバリアとなる考えや感情
左上:バリアから離れるための行動
右上:大切な人やことに向かうための行動
【実際の取り組み方】
大切なこととバリアの整理:
・自分にとって大切な人やこと、そしてそれに向かうときに生じるバリアとなる考えや感情を整理
・たとえば、家族や友人、仕事での目標を大切にしつつ、否定される不安や自信のなさがバリアになることを認識
行動の整理:
・バリアから離れるために自分がしている行動(先送りや動画視聴など)と、大切なことに向かうための行動(人の良さを認める、新しいことを学ぶなど)をリストアップ
・大切なところへ行けるように、ハシゴを渡すためのスキル(気づく・オープン)を身につける
次は、「気づく」力を高めるエクササイズであるマインドフルネスの紹介です。
【マインドフルネス】
まず、目を閉じて呼吸に集中します。雑念が湧いたら「雑念が沸いている」と気づいて再び呼吸に注意を戻す、というプロセスを繰り返し、気づく力を育成します。
【瞑想の方法】
マインドフルネスについては、下記の記事でも詳しく解説していますのでチェックして見てください。
マインドフルネスとコーチング:心の平安を求める現代人へ
マインドフルネスとコーチングが交差する点。ストレスの時代に求められる新しいメンタリティとは?実践者の声を交えて解説。
記事掲載日:2024年8月23日
なお、ACTに関して、2023・24年度も1000件を超えるような研究が進められています。同時にウェルビーイングに対しても、効果があることをメタ分析している研究も出てきました。
ACTを自分で試すのに役立つツール紹介
ここからは、ACTに興味のある方に向けて役立つツールを紹介します。
【書籍】
入門として、まずは「ACTメンタルエクササイズ」がおすすめです。
左:ACTをはじめる
中:セラピストが10代のあなたにすすめるACTワークブック
右:ACTメンタルエクササイズ
【動画】
大月教授が運営しているYouTubeチャンネルや有料のCBSオンデマンドです。
左:CBSチャンネル(YouTube)
右:CBSオンデマンド(学習用動画コンテンツ:有料)
【コミュニティ】
ACT Japanなどの学会や、武藤教授が設立したCBSカレッジプラットフォームなど、学習とサポートを提供するコミュニティは以下のとおりです。
左:ACT Japan(学会)
右:CBS College Platform
書籍や動画などのツールを上手に活用して、ACTへの理解を深めていきましょう。
3.コーチングとウェルビーイングの接点
最後にコーチングとウェルビーイングについて解説します。
コーチングの定義
コーチングは、クライアントが自らの力で可能性を最大化するために、創造的なプロセスを通じてパートナー関係を築く行為をいいます。
簡単にいうと、「クライアントが自分で自分をなんとかするための共同関係を築くこと」です。
コーチングのプロセスは以下のとおりです。
【コーチングのプロセス】
【関係構築】
・質問・傾聴・フィードバックを繰り返し、クライアントの状態や反応を観察して進める・必要に応じて、承認などの要素も加える
【アセスメントとメンタリング】
・事前のアセスメントやメンタリング、アドバイス、提案がおこなわれることもある
コーチングのプロセスを通して、クライアントと良好な協働関係の構築が大切です。
コーチングがもたらすウェルビーイングの向上
2011年に発表された論文では、デジタルコーチングがウェルビーイングに寄与するデータが示されています。
ポジティブ心理学を実践する応用ポジティブ心理学の研究でも、ウェルビーイングに寄与するデータが発表されています。
しかし、コーチングがウェルビーイングに寄与する具体的な要因については、まだ完全には明らかにされていません。
コミュニケーション能力とウェルビーイング向上に関する仮説
国際コーチング連盟(ICF)が行った調査によると、「双方ともコミュニケーション能力が向上した」という興味深いデータが出ています。
調査結果を踏まえて、下記のような仮説を立ててみました。
【仮説】
コミュニケーション能力の向上が、クライアントのウェルビーイングの向上につながっているのではないか?
コミュニケーション能力を要素分解してみると、自己理解と他者理解にわけられます。
他者理解とは、相手の立場に立って物事を考える力です。
自己理解に関しては「できている」と考えている人も多いのではないでしょうか。
しかしアメリカの心理学者ターシャ・ユーリック氏は「95%の人は自己認識ができていると思っているが、実際には10%〜15%の人しか正しい自己認識をしていない」と述べています。
参考:TED「Increase your self-awareness with one simple fix | Tasha Eurich」
「自己理解」をさらに分解して考えてみると、外的自己認識と内的自己認識に分けられます。
それぞれの定義をみてみましょう。自らの価値観や感情、強みへの理解の深まりや、それを客観的に見れるようになる力は、コーチングによって得られる効果です。
これを踏まえると「コーチングによって自己理解や他者理解が深まり、その結果コミュニケーション能力が向上した」といえそうです。
では、自己理解の深まりとウェルビーイングはどのような関係があるのでしょうか。
ワイカト大学人文社会科学部心理学部のアンナ・サットン氏は論文にて「本当の自分を表現し、意図的な選択をおこない、それに対して責任を持つという行為は、現在では一般的にオーセンティシティ(真正性)と呼ばれ、幸福感と人生への関与感を与える」と述べています。
参考:Living the good life: A meta-analysis of authenticity, well-being and engagement –
自己認識が深まった結果、自分の価値観にあった行動や表現が選択できるようになることは、ウェルビーイングへとつながります。
ただし、コーチングが必ずしもウェルビーイングに寄与するとは限らないケースも忘れてはなりません。
下図のグラント氏のモデルを例に説明します。グラント氏のモデルでは、横軸に目標達成努力、縦軸にメンタルヘルスを取ります。
左下は重大な精神病理的症状があり、コーチングが機能しにくいエリアです。一方で、ウェルビーイングに向き合うクライアントは、左上の「幸せだが没頭していない」状態と「右下のストレスを受けているが機能している」エリアにいる人です。
ここで注意が必要な領域は、右下の「ストレスを受けているが機能している」状態です。右下のエリアは臨床的知見が必要で、コーチングがバーンアウトのリスクを高めることになりかねません。
コーチはこの状態を見極め、必要に応じて他の専門家に紹介することが求められます。国際コーチング連盟の指針では、コーチングと他の支援職業(コンサルティング、心理療法など)を区別し、「必要に応じて他の専門家を紹介する」とされています。
4.質疑応答
最後に、セミナーにお越しの皆様からの質問・回答を紹介します。
ACTの最初の取りかかりは何がおすすめですか?
【回答者:大月教授】
ACTを始める最良の方法は、セルフヘルプとして自分で取り組むことだと考えています。
具体的にはワークブックなどを使って、自分自身で実践するのがおすすめです。
ACTをコーチングとセラピーで使用する場合の違いは?
【回答者:大月教授】
ACTの3つのスキル「コミット」・「気づき」・「オープン」の「どこからステップを踏むのか」が違うと思っています。
【セラピーでのACT】
・精神病理的な症状が強いクライアントに対しては、気づきとオープンのスキルに重点を置く
・先ほどのグラント氏のモデルの左下の状態(重大な精神病理的症状)から左上(健康だが没頭していない状態)に移行させ、その後にコミットのスキルを導入
【コーチングでのACT】
・健康度が高く、メンタルヘルスの問題が軽度なクライアントには、コミットのスキルから始める
・クライアントの価値観や目標を掘り下げ、行動計画を立てる
・行動が難しいときには、気づきとオープンのスキルを使う
おわりに
以上が、5月14日に開催された「心理的ウェルビーイング向上のための支援: ACTとコーチング入門」でした。
株式会社メタメンターでは、今後もウェルビーイング向上に役立つセミナーを開催していくので、関心のある方は気軽に参加してみてください。
セミナー内でも紹介した「ウェルビーイング診断」は、人数制限なく、無料で提供しています。診断は5分ほどで終わるので、下記のボタンから診断してみてください。
クライアント理解に役立つ!
ウェルビーイング診断記事監修
代表取締役社長 小泉 領雄南
2011年にGMOペイメントゲートウェイ入社。2016年にGMOフィナンシャルゲート執行役員に就任し、2020年に上場。2021年、早稲田MBA在学中にコーチングに出会い、翌年メタメンター設立。2023年に国際コーチング連盟日本支部運営委員に就任。