目次
📄 この記事は学術論文の紹介記事です。
本記事は、Richterら(2021年)による査読済み学術論文の内容を一般向けにわかりやすく要約・紹介したものです。記事内の情報はすべて論文に基づいており、メタメンター独自の主張・見解は含みません。詳細は末尾の参考文献よりご確認ください。
「コーチングをしているけれど、どのツールをどのタイミングで使えばいいのかわからない」——そう感じたことはないでしょうか。
コーチングの現場では、さまざまな手法やツールが紹介されています。しかし、それらがどのような目的で、セッションのどの場面で有効なのかを体系的に整理した情報は、これまでほとんどありませんでした。
ポジティブ心理学コーチング(Positive Psychological Coaching/PPC)は、2000年代初頭の「ポジティブ心理学」の発展とともに急速に広まったアプローチです。問題を「修正する」のではなく、「すでにうまくいっていることを伸ばす」という視点から、クライアントの強みや潜在力を最大化することを目的としています。
この考え方はコーチだけでなくクライアントにも受け入れられやすく、心理的なサービスへのハードルを下げる効果もあると言われています。一方で、PPCには多様な定義やモデルが乱立しており、「何がポジティブ心理学コーチングで、何がそうでないのか」という境界線が曖昧なままでした。
そこで注目されたのが、先行研究が提唱した「5段階のポジティブ心理学コーチングモデル(PPCM)」です。このモデルはPPCのプロセスを5つの段階に整理しましたが、「各段階を実際にどう進めればよいか」「どんなツールを使えばよいか」については明示されていませんでした。
本論文(Richterら、2021年)は、この課題に正面から取り組みました。24本の査読済み論文を系統的に調査し、PPCで活用できるツールと技法を洗い出したうえで、5段階モデルのどのフェーズで使うべきかを専門家と共同で分類・整理したものです。
コーチングの実践者はもちろん、組織開発や人材育成に携わるビジネスパーソンにとっても、「強みを活かすアプローチ」の全体像を理解する上で非常に参考になる研究です。
研究の方法:2252本の論文から24本を厳選し、ツールを抽出
この研究では、まず2つのステップを組み合わせた調査方法が採用されました。
最初のステップは「系統的文献レビュー」です。2000年から2019年6月にかけて発表された論文を対象に、「ポジティブ心理学コーチング」「強みに基づくコーチング」「幸福感コーチング」など9つのキーワードで複数の学術データベースを検索した結果、合計2,252件の論文が見つかりました。
そこから重複を除き、タイトル・要旨・本文の3段階スクリーニングを経て、最終的に24本の論文が分析対象として選ばれました。選定基準は厳格で、査読済みであること、PPCのモデルや理論に関するものであること、具体的なツールや技法に言及していること、などが求められました。
選ばれた24本からは、合計117種類のコーチングツールが抽出されました。これらを内容分析によって整理した結果、18の「上位技法(テクニック)」にまとめることができました。
次のステップでは、これら18の技法を「どのフェーズで使うか」に分類する作業が行われました。まず4名の研究者が独立して分類を行い、続いてコーチング心理学の専門家6名が同様の作業を実施。最後に全員の結果を統合して最終分類が決定されました。
分類の一致度を確認するために統計的な指標(フライスのカッパ)が用いられ、研究者間の合意が高かった技法と意見が分かれた技法が明確に区別されました。この厳密なプロセスによって、単なる「ツールの羅列」ではなく、実践で使える「分類フレームワーク」が生まれました。
発見①:PPCで使われる技法は18種類、ツールは117種類にのぼる
今回の調査で抽出された18の技法の中で、特に多くの論文に登場したものを紹介します。
最も多く取り上げられたのは「自己管理型インテンショナル活動の提供(f=15)」と「強みに焦点を当てた心理測定アセスメント(f=15)」の2つで、どちらも15本の論文で言及されていました。
「自己管理型インテンショナル活動」とは、セッション外でクライアント自身が取り組む課題のことです。感謝の訪問、親切な行為の実践、強みを新しい方法で使ってみる、といった具体的な活動が含まれます。これらはポジティブな感情・思考・行動を育てるために科学的に設計されたもので、コーチがその場にいなくても実践できるという特徴があります。
「強みに焦点を当てた心理測定アセスメント」には、VIAキャラクター強み調査、ギャラップのストレングスファインダー2.0、Realise2などが含まれます。これらは客観的な視点からクライアントの強みを可視化するためのツールで、無意識の強みを引き出す手助けにもなると論文では述べられています。
3番目に多かったのは「ガイド付き自己省察(f=14)」で、コーチの関与のもとでクライアントが自分の可能性や強み、問題解決策を自ら発見するプロセスを支援する技法です。BEARSアプローチや、過去の成功体験を振り返るワークなどが該当します。
それに続くのが「目標設定(f=10)」です。SMARTゴール(具体的・測定可能・達成可能・現実的・期限付き)や「人生の車輪」フレームワークなどを使い、クライアントが望む未来に向けた短期・長期の目標を明確にします。PPCにおける目標設定は、単なる課題解決ではなく、強みを活かして最適な状態を目指すという点が一般的なコーチングと異なります。
このほか、「強みスポッティング(f=9)」「強みの活用と開発(f=9)」「個人開発計画の作成(f=7)」「ラポート形成・関係構築(f=6)」「認知的リフレーミング(f=6)」なども重要な技法として挙げられました。
発見②:多くのツールは複数フェーズで活用できる——5段階モデルへの対応
18の技法を5段階のPPCモデルに分類した結果、最も注目すべき発見の一つは「多くの技法が複数のフェーズで有効」だということでした。具体的には、18技法のうち10の技法が少なくとも2つのフェーズで活用できると判断されました。
各フェーズと対応する技法の概要は以下の通りです。
フェーズ1「関係性の構築」では、ラポート形成のツールとマイクロスキル(傾聴)が特に重要です。コーチとクライアントの間に心理的安全性のある環境を作ることが、この段階の主な目的です。
フェーズ2「強みのプロファイリングとフィードバック」では、強みに焦点を当てた心理測定アセスメント、強みスポッティング、コンピテンシー評価、ガイド付き自己省察などが用いられます。クライアントが自分の強みに気づき、それを活用するマインドセットを育てることが目的です。
フェーズ3「理想のビジョンの構築」では、主にマイクロスキルが活用されます。コーチはクライアントが自分の内面を掘り下げ、理想の未来像を描けるよう傾聴と問いかけによって支援します。
フェーズ4「目標設定・戦略立案・実行」は、コーチングプロセスの中核であり、最も多くの技法が関わります。目標設定、個人開発計画、強みの活用と開発、自己管理型活動、困難な感情のマネジメント、リソースの活性化などが含まれます。
フェーズ5「関係の締めくくりと再契約」では、進捗の評価と再契約が中心となります。コーチングの成果を振り返り、目標が達成されたか確認し、必要に応じて新たな契約へと移行します。
また、5つのフェーズを横断して機能する3つの「継続プロセス」(学習の転移、行動追跡と継続評価、エンパワーメント)もモデルの重要な構成要素です。中でも「マイクロスキル(傾聴)」は、全フェーズおよびすべての継続プロセスにわたって活用できる唯一の技法として位置づけられました。
意外な発見③:専門家の間でも「いつ使うか」に大きな意見の差がある
今回の研究で特に興味深かったのは、専門家間での分類結果のばらつきです。
18の技法のうち、専門家の間で高い一致が見られたのはたった1つ(「再契約」)のみでした。残りの17の技法については、どのフェーズで使うべきかについて専門家の意見が大きく分かれました。特に11の技法では「意見の一致が低い」という結果になっています。
これは一見すると問題のように見えますが、研究者たちはこれをコーチングの本質的な「流動性」として解釈しています。コーチングは直線的なプロセスではなく、クライアントの状態や文脈に応じて柔軟にアプローチを変える必要があるからです。同じツールが異なるタイミングで有効になることは、実践上十分あり得ます。
一方で、この「流動性」は実践者にとって難しさでもあります。「どの技法をいつ使えばいいのか」という問いに対して、唯一の正解はないからです。だからこそ、今回のような分類フレームワークが、コーチが状況に応じた判断を下すための「ガイドライン」として価値を持つと著者たちは主張しています。
また、建前上「ポジティブ心理学コーチング特有の技法」と思われていたものの中に、実は汎用的なコーチングにも使われる技法(ラポート形成、認知的リフレーミング、マイクロスキルなど)が多数含まれていたことも示されました。PPCの独自性は、これらの技法を「強みと可能性に焦点を当てた文脈」の中で用いることにあると研究では指摘されています。
まとめ:コーチングの「引き出し」を体系化した実践的な研究
本研究は、ポジティブ心理学コーチングで活用できるツールと技法を初めて体系的に整理し、実践モデルへの対応付けを試みた点で大きな意義を持ちます。
主な成果をまとめると、24本の論文から117のコーチングツールが抽出され、それらが18の上位技法として整理されました。そしてその18技法が、5段階のPPCモデルのどのフェーズで主に活用されるかが分類されました。多くの技法は複数フェーズにわたって活用でき、特にマイクロスキル(傾聴)は全フェーズで重要であることが示されました。
著者たちはこの研究の実践的な意義として、コーチや研究者がPPCプロセスを実際に進める際の「ガイドライン」として活用できる点を挙げています。どの段階で何を使うべきかの判断基準が明確になることで、コーチングの質の向上や標準化につながると期待されます。
一方で、研究にはいくつかの限界も認められています。まず、今回対象としたのは理論的・モデル構築に関する論文のみであり、実際の介入研究(コーチングを実施してその効果を測定した研究)は除外されています。そのため、各ツールがどれだけ効果的かについては、この研究からは判断できません。
また、査読済みの学術論文のみを対象としたため、実務的な観点から書かれた実践書や一般書籍に掲載されているツールは含まれていません。さらに、分類プロセスは1回の反復にとどまっており、専門家間の一致が低かった技法については、さらなる検討が必要とされています。
著者たちは今後の研究課題として、各ツール・技法がコーチングの成果にどう影響するかを明らかにするためのメタ分析、PPCモデル自体の実証的な検証、そして「PPCに特有の技法」と「汎用的なコーチング技法」の境界線の明確化などを挙げています。
コーチングを実践するすべての人にとって、「何を・いつ・なぜ使うか」を考える上で、本研究は重要な出発点となる一冊です。
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Richter S, van Zyl LE, Roll LC, Stander MW(2021). Positive Psychological Coaching Tools and Techniques: A Systematic Review and Classification. Frontiers in Psychiatry, 12, 667200. DOI: 10.3389/fpsyt.2021.667200
記事監修
WELLBEING MAGAZINE編集部
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