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📄 この記事は学術論文の紹介記事です。
本記事は、Livingstonら(2022年)による査読済み学術論文の内容を一般向けにわかりやすく要約・紹介したものです。記事内の情報はすべて論文に基づいており、メタメンター独自の主張・見解は含みません。詳細は末尾の参考文献よりご確認ください。
「幸せかどうか」は、本人の気持ちだけで決まるものではありません。
どんな家庭に生まれたか、どんな地域に住んでいるか、どんな仕事に就けたか——こうした社会的・経済的な環境が、私たちの心身の健康や生活満足度に大きな影響を与えていることが、近年の研究で明らかになっています。
日本でも「ウェルビーイング」という言葉が企業経営や人事施策の場で頻繁に使われるようになりました。しかし、その概念の背景にある「何がウェルビーイングを決めるのか」という問いに、科学的な視点から答えられる人はまだ多くありません。
今回紹介するのは、米国ノーフォーク州立大学の研究者たちが2022年に発表した論文「Social, Cultural, and Economic Determinants of Well-Being」です。この研究は、収入・貧困・犯罪・雇用・差別・健康・社会的つながり・教育といった幅広い要因が、個人および社会のウェルビーイングにどのような影響を与えるかを、世界各国のデータと事例を交えながら包括的に考察したものです。
ウェルビーイングは、単なる「幸福感」や「生活満足度」にとどまらず、身体的・精神的・社会的な健康を含む多次元的な概念です。そして、それは個人レベルの問題であると同時に、社会全体の生産性や経済成長とも密接につながる、公衆衛生上の重要課題でもあります。
この研究が示す知見は、ビジネスパーソンや組織のリーダー、人事・福祉担当者にとっても、大いに参考になるものです。ぜひ最後までお読みください。
ウェルビーイングとは何か?——多次元的な概念の全体像
「ウェルビーイング」という言葉は広く知られていますが、その定義は一様ではありません。世界保健機関(WHO)は、精神的健康を「自分の能力を発揮でき、日常のストレスに対処でき、生産的に働き、社会に貢献できる状態」と定義しています。
この論文では、ウェルビーイングには複数の次元があることが強調されています。具体的には、身体的・社会的・感情的・経済的・心理的・主観的・ユーダイモニック(意味と目的に基づく)・コミュニティのウェルビーイングなど、さまざまな側面が存在します。
また、ウェルビーイングの測定方法も多岐にわたります。「今この瞬間どう感じているか(経験的ウェルビーイング)」と「人生全体をどう評価するか(評価的ウェルビーイング)」では、測定結果が異なることも指摘されています。
GDPのような経済指標だけでは、国民のウェルビーイングを正確に把握することはできません。実際、アメリカはGDPランキングで世界1位(2020年)でありながら、「幸福度ランキング」では14位にとどまっています。こうした事実からも、ウェルビーイングの測定には多次元的なアプローチが必要であることが示されています。
さらに、研究者のRuggeriらが21か国を対象に行った調査では、単一の指標(幸福感・生活満足度・GDPなど)だけでは、支援が必要な人々のニーズを正確に把握できないことが明らかになっています。
「所得が増えれば幸福になるか?」という問いに対しても、この研究は示唆深い知見を提示しています。「イースタリン・パラドックス」と呼ばれる現象によれば、国内では収入と幸福度に正の相関があるものの、国全体の平均所得が上昇しても、国民の平均的な幸福度は必ずしも上がらないとされています。これは、人々が自分の収入を絶対値ではなく、周囲との比較で評価しているためだと考えられています。
貧困・収入・居住環境——物質的な条件がウェルビーイングに与える影響
収入と貧困は、ウェルビーイングに最も直接的な影響を与える要因の一つです。この論文では、収入が住宅・教育・医療・食品・交通・保育などへのアクセスを左右し、その結果として身体的健康・精神的健康・子どもの発達・就労機会といった幅広い結果に影響することが図示されています。
世界では10人に1人が1日1.9ドル以下で生活しており、貧困は低い教育達成度や高い死亡率とも関連しています。新型コロナウイルスの感染拡大により、2020年には約1億人が新たに貧困状態に陥ったことも報告されています。
フィリピンの事例では、自然災害が貧困を悪化させ、農業・漁業に依存する人々の生活基盤を直撃した様子が描かれています。特にラナオ・カパングラオ地域では、子どもが家族の生計を支えるために農作業に駆り出され、就学率が著しく低い状況が続いています。こうした地域では、栄養不良や感染症、心身の健康問題も深刻です。
また、犯罪が多い地域に住むことも、ウェルビーイングに大きなダメージを与えます。ブラジルのファベーラ(スラム街)の住民を対象とした調査では、暴力にさらされている人ほど精神的健康が悪化し、生活の質が低いことが示されています。南アフリカでは、貧困世帯ほど犯罪の多い地域に住みやすく、うつ病のリスクが高まることも確認されています。
米国では、銃撃事件が起きた場所から2ブロック以内に住む子どもに、うつ病やPTSDのリスクが高まることも報告されており、居住環境がいかに子どもの心理発達に影響するかが示されています。
雇用・差別・ジェンダー——働くことと公正さがウェルビーイングを左右する
雇用は、収入を得る手段であるだけでなく、人生の「目的」や「意味」を与える重要な要素です。この論文では、有給雇用が大人のウェルビーイングにとって不可欠であることが強調されています。やりがいのある仕事は自己肯定感を高め、逆に職場での問題は身体的・精神的・感情的な健康に悪影響を与えます。
新型コロナウイルスの感染拡大によって失業が急増した2020年には、世界のGDPが約5%縮小し、生活満足度が約12%低下したことも報告されています。
収入とウェルビーイングの関係については、「年収7万5,000ドルを超えると幸福度は頭打ちになる」という従来の説に反し、最新研究では収入が増えるにつれてウェルビーイングも継続的に向上することが示されています。特に経験的ウェルビーイング(日々の感情)と評価的ウェルビーイング(人生全体への評価)の両方が、収入とともに上昇することが確認されています。
職場における差別も、深刻な問題です。性別・年齢・人種・障害・宗教などを理由とした差別は、慢性的なストレス反応を引き起こし、心身の健康を損なうことが明らかになっています。差別を繰り返し経験することは、生理的・心理的ストレス反応を活性化させ、長期的には精神疾患や身体疾患につながります。
ジェンダーの問題も重要です。女性は世界の労働力の約47.7%を占めているにもかかわらず、管理職や上位ポジションへの昇進は依然として制約されています。「ガラスの天井」と呼ばれるこの現象は、性別に関するステレオタイプや出産・育児による機会損失が背景にあります。こうした不公平はウェルビーイングにも悪影響を及ぼします。
また、性別や性自認の少数者(第三の性)についても、差別・失業・医療へのアクセス困難・ホームレスなど、ウェルビーイングを著しく低下させる問題が世界各地で報告されています。
差別の歴史的影響・健康・社会的つながり——ウェルビーイングを支える見えない要因
差別は、現在の経験だけでなく、歴史的な傷跡として世代を超えて影響を及ぼすことが指摘されています。植民地支配や奴隷制度の歴史を持つ民族グループでは、その後の世代にも精神的・身体的な健康への悪影響が継続することが研究で示されています。
特にアフリカ系アメリカ人のコミュニティでは、人種差別・抑圧・警察による暴力への継続的な曝露が、精神的健康の著しい低下につながることが確認されています。また、「ウェザリング(weathering)」と呼ばれる現象——人種的・社会経済的な逆境への継続的な曝露によって、黒人の人々の身体が白人より早く老化するという状態——も報告されています。
ニュージーランドのマオリ族を対象とした調査では、複数の形態の差別を経験している人ほど、自己評価の健康状態が悪く、精神的健康が低下し、生活満足度も低いことが示されています。差別の種類が多いほど、健康への悪影響も大きくなることも確認されています。
一方、社会的なつながりはウェルビーイングを支える重要な保護要因です。社会的孤立は健康に悪影響を与えることが複数の研究で示されており、社会的なつながりが少ない人は、そうでない人と比べて早期死亡リスクが約2倍になるというデータもあります。
また、他者を助けるという「向社会的行動」もウェルビーイングを高めることが分かっています。ボランティア活動や親切な行為は、特に「ユーダイモニック・ウェルビーイング(意味と目的に基づく幸福感)」を高める効果があり、長寿・疾患リスクの低減・予防行動の促進といった健康上のメリットとも結びついています。
教育もウェルビーイングの重要な決定要因です。教育水準が高いほど、より良い収入・雇用機会・主観的ウェルビーイングが得られる傾向があります。ただし、教育が直接幸福度を高めるというよりも、収入向上を通じて間接的に幸福度を高めるという見方もあります。また、高度な教育を受けた人がより高ストレスな職業を選びやすいという側面も報告されており、教育とウェルビーイングの関係は単純ではありません。
まとめ——市民のウェルビーイングは社会全体の問題である
この論文が一貫して訴えるのは、「ウェルビーイングは個人の問題ではなく、社会・文化・経済的な構造の問題である」という視点です。
収入・雇用・教育・居住環境・差別・社会的つながりといった要因が複雑に絡み合いながら、個人のウェルビーイングを形成しています。そしてその集積が、社会全体の生産性・GDP・公衆衛生に直結しています。
著者たちは、政治的リーダーや政策立案者に対し、市民のウェルビーイングを政策・プログラム・サービスの優先課題として位置づけるよう求めています。特に以下の点が実践的示唆として挙げられています。
まず、収入や社会的資源へのアクセスを保障することが、市民のウェルビーイングを高め、ひいてはGDPにもポジティブな影響をもたらします。次に、差別は人種・性別・年齢・障害など多様な形で存在しており、複合的な差別を受けた人ほど健康への悪影響が大きいため、差別解消に向けた政策は多面的なアプローチが必要です。また、近隣の犯罪・暴力への対策は、特に子どもや若者の将来のウェルビーイングを守るために急務であり、教育への平等なアクセスの確保は、長期的な社会発展のための最も合理的な投資の一つとされています。
研究の限界としては、この論文が既存の研究や統計データのレビューを中心としており、著者らによる独自の実証研究ではない点が挙げられます。また、紹介されている事例の多くが特定の地域(米国、ブラジル、南アフリカ、フィリピン、ニュージーランドなど)に偏っており、すべての国・文化への一般化には慎重さが必要です。今後の研究としては、特定の介入プログラムがウェルビーイングに与える効果の検証や、より多様な国・文化圏でのデータ収集が期待されます。
ウェルビーイングを「個人の心がけ」としてとらえるのではなく、「社会が整えるべき環境」として考えることが、この研究の最も重要なメッセージと言えるでしょう。
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Livingston, V., Jackson-Nevels, B., & Reddy, V.V.(2022). Social, Cultural, and Economic Determinants of Well-Being. Encyclopedia, 2(3), 1183–1199. DOI: https://doi.org/10.3390/encyclopedia2030079
記事監修
WELLBEING MAGAZINE編集部
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